バルサの木ゆふべに抱きて帰らむに見知らぬ色の空におびゆる   小池光

まだ年若い友人と、先日電話で話しをしたときのことである。
友人は、小池光の作品に傾倒しており、随分多くの歌集を読んでいる。
そこで、小池光の短歌における抒情に話が移った。余計な抒情を削ぎ落とした、そのところに友人は惹かれているようだ。
「小池氏も昔は『傷付きやすい心をガーゼのような風に包まれた』のよね」と昔話をしてしまった。
「あっ、『バルサの翼』ですね。『いちまいのガーゼのごとき風たちてつつまれやすし傷待つ胸は』ですよね」と友人
私の短歌を始めた頃は、まだ小池光は「青春の抒情」を詠んだ人であり、『バルサの翼』が代表歌集であった。
はじめっから『アパートの隣は越して漬物石ひとつ残しぬたたみの上に 』ではなかったのだと、話しをした。
「その頃の小池さんの歌、まとめて読みたいなぁ〜。どうしたら良いんだろう」
「私も随分書店を捜したけれど、もうその頃に在庫なしだったわね」
と二人で、歌集の流通量の少なさ、再版度の僅少さを語り合ったのだった。

掲出歌は、歌集のタイトルとなった一首であろうか。
バルサ」とは、比重の最も軽い木であり、グライダーを作るのに都合が良いらしい。
私の幼い頃は、大人から子供まで、グライダー作りに夢中になっている男性がいたものだ。
小池青年も、手作りグライダーを飛ばしたのであろう。
専攻の学問の関連で、作ったりもしたのかも知れない。

下句の「見知らぬ色の空におびゆる」の空は、出来上がったグライダーを飛ばす空。自分の未来ではないのだろうか。
若き日の小池光も、これから始まる未来、「見知らぬ色の空」に不安を抱いたのだろうか。
「いつまでも不安を抱き」それを詠み続けている少年が、小池光なのだろうか。