[久々湊盈子]フェミニズムの正しさゆえの空しさが手を汚さないやつにわかるか  久々湊 盈子

この作者の歌を取り上げるのは、これで三作目である。 今日は結社誌の先輩歌人である阿木津英の一首を取り上げるつもりでいた。 阿木津さんの作品には好きな歌が何首があるのだが、その中からこれと決めかねる私がいた。 道浦母都子・松平盟子両氏の歌も浮か…

真昼間に十日の月のかかりいて跳ぬる兎はせましとなげく

自作自評は得意な方ではない。 出来ることならば、避けて通りたいくらいだ。このブログの「十日の兎」はこの歌からとったものだ。中学2年生の三男が保育園に通っていた頃の歌であるから、もう十年以上前の自作だ。 こうして読み返してみると、一句目が「青…

とをかのうさぎ

もう何年も更新していないブログだ。 この数年私は、数々の不義理を重ねてしまった。

観覧車回れよ回れ想ひでは君には一日我には一生  栗木京子

けむり水晶―栗木京子歌集 (角川短歌叢書―塔21世紀叢書)作者: 栗木京子出版社/メーカー: 角川書店発売日: 2006/09/01メディア: 単行本 クリック: 7回この商品を含むブログ (15件) を見る短歌を楽しむ (岩波ジュニア新書 (342))作者: 栗木京子出版社/メーカー:…

判らするための努力がけだるくて目まひする別れかたして来たる  石田比呂志

(「石田比呂志全歌集・初期歌編」より ) 短歌研究第14号10巻、昭和32年9月号の「第五回五十首詠」の入選作の中に、この歌はある。 その号に大きく「絶賛発売」として「松田さえこ歌集『さるびあ街』」の公告が大きくされていた。 その年の特選はな…

冬の皺寄せいる海よいま少し生きておのれの無惨を見むか  中城ふみ子

(先日の分も、まだ書いていませんが。この季節になると、ついつい思い出すのがふみ子ですので)もう何年も前のこととなってしまった。 今小学五年生の三男はまだ、就学前だった。 あれは海の日だったのだと思う、唐突に十勝の海を見たくなったのは。 子供達…

産むならば世界を産めよものの芽の湧き立つ森のさみどりのなか  阿木津英

(眠たいので、もう寝ます。また明日...... 鈴木英子さんの歌を取上げたいのですが、資料を紛失。捜索中です)

たまさかに届く小包ヴィタミンが欲しくて桃の缶詰を切る  島田幸典

つい最近、知人である19歳の男の子(少年とも青年とも呼ぶには、中途半端なのだ)が、短歌の集まりで、島田幸典と会って話し込んでいたらしい。 その青年(と一応しておこう)にとって、初めての歌の集いであった。人生に対し、自分の将来に対し、思い悩んで…

もうゆりの花びんをもとにもどしてるさっきあんな表情を見せたくせに 加藤治郎

加藤治郎は、加齢してゆく歌人である。 こう表現すると、誤解を招きそうなのであるが、表現、技巧それらが年数を経るごとに、成熟してゆく。掲出歌は歌集『サニー・サイドアップ』より。まだ二十代の頃の作品である。この歌が、後朝の歌(古い表現でごめんな…

生活の中の光の如くにも妻に磨かれて白き卵あり   石田比呂志  (ルビ・卵:らん)

第一歌集『無用の歌』より 本当は、今日は七月七日 七夕なのである七夕の歌を、せめて天の川の歌を思ったのだが、見つからず とりあえず、七月五日付けでお茶を濁すこととする。この歌を詠んでいた頃、前後の歌から察するところ、石田比呂志はやはり定職につ…

ぶろぐさいかいいたしました

大変長らくお休みをいたしましたが、何とかブログの再開をすることと相成りました。開始当初は、365の歌をここで紹介できたらそれで良し。 そのように思っておしました。ですから、日にちが多少ずれても、一年分をの日付を埋めると、それで切り上げと決めて…

不器用で不器量なりし梅ちゃんが孫の節句の鯉泳がする   上野春子

上野春子は、本当に嫌味な女である。 春子の自慢は尽きない。 「大福10個を数分で食べた、これほど早く大福を食べられるのは自分しかいない」 「今日も道で躓いた、しかし転ばなかった。この状態で転ばぬほど強運なのは、 世の中広しといえど、自分しかい…

なさけけないと幾たび母の洩らしける身ぢから失せてゆくその日々に   山本かね子

「短歌往来」2002年11月号、特集「介護のうた」よりこの特集「介護のうた」は、作品十首とエッセイによるものであった。 それを資料小文を書いたことがあり、下記はその一部なのだが 老人介護というと、真っ先に浮かぶのが痴呆の有無である。まだ若く健康と…

死ぬまでをともに暮らすと来し舅のネルの寝巻きが風にはためく  久々湊盈子(ルビ・舅:ちち)

久々湊盈子の舅にあたる本名久々湊与一郎氏、俳人湊楊一郎は1900年1月1日に生まれ2002年の1月2日に亡くなっている。北海道の小樽市出身と、資料にある。 湊は新興俳句の弾圧運動にも抗し、創作だけではなく論に対しても、雄弁な方だったそうである。 1945年…

昼更けのモノレールにて忍び泣きしていし女を夜更けて思う    松岡 晧二

日常生活に使う交通手段の乗り物の中、忍び泣きしている女。 見るともなく、気付くともなく、遣り過してしまう。深夜一人になり、静寂の中、昼間の映像が蘇る。 公共の交通機関の中で「忍び泣き」をする女。 それは都会の中では、よくある情景の一齣である。…

溜池の石斛ほのかに匂うなり伸び立つ布袋葵の陰に        長尾もとね

今日も、古い結社誌から「石斛」を調べたところ、「いわぐすり」と読み〈せっかい〉のことなどと早とちりをしてしまった 一瞬なんのこっちゃと混乱したのだ。 溜池に石灰を撒いて一体どうするのだろうかと 若しや、水を浄化する効果でもあるのだろうか 物知…

自転車に乗りて彼岸の川岸を息子走りているやも知れず  有光智恵子

16日付のの作品も同様であるが、結社誌1月号より此岸と彼岸の間に、川が流れているという話を、私も聞いたことがある。 母親である作者はは此岸におり、 彼岸にいるご子息を思っている。 夭折であったのであろう、自転車に乗り走っているのであるから。 亡く…

鑑定無料密教占術の広告ぞああ空海を利用するとは  井上みつゑ

新生薑おろせば生薑香にたちて生薑でもなき泪出ずるも  有光智恵子

涙、涕、泪、「なみだ」と読ませる漢字は一つではない。 涕は、鼻からも流れ出る泣き方をした、そのようなときのもの。 涙と泪は表意文字か、表音文字の違いでしかなく、大意は同じと説明にあったが、 涙は流れ出るもので、泪は滲み出てくるように思うのは、…

菜の花の黄溢れたりゆふぐれの素焼きの壺に処女のからだに  水原紫苑  

そろそろスーパーマーケットの野菜コーナーの棚に、菜の花が並んでいても良いはずなのだが、今日は探したが無かった。 菜の花が大好きだ。 そう書くと、生け花だと大概の方は思われるだろう。 北の街では、菜の花を食する季節観は無く、いつもいつも菜の花の…

そらはまたするどき玻璃の粉を噴きてこの天窓のレースに降らす  宮沢賢治

宮沢賢治の大正七年〜八年に詠まれた歌宮沢賢治の歌が、詩に比して評価が低いことの原因に、「甘さ」を指摘している文献を読んだことがある。 一体誰の書いたものであったか、資料も手元に無いのだが。こうして、賢治の歌に触れ感じるのは、今の時代にこそ相…

にこやかに酒煮ることがつとめかわれにさびしき夕ぐれ  若山喜志子

好きな歌を一首。 牧水よりも、若山喜志子の方を好む歌人も、私の周辺には少なくはありません。己の消費可能電力を忘れ、ブレーカーが落ちてしまいました。 待機電力も必要であることも、計算に入れ明日あたりから、またゆっくりのんびりと続けます。2/21

お願い・理髪店のぐるぐる棒の出てくる歌を教えて下さい

昨日付の日記、どうしても気にかかって、仕方がありません ご存知の皆様 http://8504.teacup.com/harunobotamotiakinoohagi/bbs こちらのBBSまで、どうぞよろしくお願いいたします(2/18)

よるのそらふとあらはれてかなしきはとこやのみせのだんだらの棒  宮沢賢治

宮沢賢治の大正期の作品談風さんよりの、素敵なリクエスト 既視感のある歌であるが、資料によるとこの歌は、大正六年の作である それ以前の歌人の歌ではなく、現代短歌に詠まれている。その作品を思い出せません、どなたかヒントをお願いします 思考回路・記…

母親にあらがふ詭弁のスルドキをわが聴いてゐる参考までに  島田修三

あいあることばを探していたら、この歌とぶつかった。 「島田さん、また出会い頭の正面衝突ですよ」と言いたいのだが、作者とはまったく接点が無いので、何方かお知り合いの方がいたなら、お伝えください・・・って、本気にしないでね島田修三の歌には、愛が溢…

あいあることば

友人が菱川善夫氏の講演を聞き、感想の抜粋です タイトル あいあることば 『歌の海』という道新に連載された相聞歌のコラムから の抜粋と、現在も連載されている『物のある歌』からも 数首引かれて、話をして下さった。 菱川先生は文章のとおり、話し方も穏…

死んだ子を産まねばならぬ私は陣痛促進のため廊下を歩く  荒井直子

この歌を、今こうして取上げて、も良いのだろうかよ、逡巡した。まだ荒井直子第一歌集『はるじょおん』を手にして読んではいないのだ。 じっくり読んでみたい歌集のリストの、一冊の中に入れてはいるのだが。 荒井直子に関しては、塔短歌会に所属し、職業を…

草隠り鳴ける蛙の声低し鳴き止みたれば唯のくさむら  野口和夫

軽トラック一台分の人生を載せて息子が今日やってきた 気の抜けしビールも旨し他人には可愛くもなき子と暮らしつつ 以前「野口さんは、とほほの人である」と書いたことがあった。野口さんの「とほほ」は技である。天に昇ること無い「とほほ」を、地に落ちる…

とほほのひと

今日は、結社誌二月号に掲載された、十一月号の野口和夫の歌の作品評である

またひとつノブ毀ししを言ひきたる少年よ何に切なきならむ(ルビ・毀し:こはし) 黒木三千代

黒木三千代の第一歌集『貴妃の脂』より 幻の歌集と言われている、この歌集を持っていることを、ついつい自慢してしまう。 「あなたが、大きく影響を受けた歌人は」と問われたら、黒木三千代の名前を躊躇わずに挙げる。(誰も聞いてはくれぬのだが)親しくし…